おつかれさまです。たかだ探偵です。

本日、遠方からお越しくださったお客さまに

「人を助けるためにたかださんがいる。

 これからもわたしのようなお客さまを助け続けてください。」

と言われました。

人を助けるためにたかださんがいる・・・・・使命。

わたしは若干?というか、やや頑張りすぎてしまう性格があって、

父親の会社に働いた当時もそう、

所詮、父親の娘、スタッフたちと仲良く会話することはできてもそれ以上、中に入ることはできなかった。

嫌味も言われたし、こそこそされたし・・・。

当時は若かったわたしは素直な心をしてまして(笑)←笑うとこ!

スタッフたちと仲良くしたくて

「みんなに認めてもらうには、みんなの倍、がんばれば認めてくれる」

だから影でかなりがんばりました。

これで認めてくれると信じてでた答えが、

「やりすぎ」

「やりすぎてやりづらい」

経営者の立場になった当時もそう、

二代目の手腕の見せ所

女が果たしてどこまでできるのか

そう、水面下でささやかれていたのに違いない。

当時の若かりし経営者だったわたしは、1日24時間じゃ足りなかった。

走りまくって走りまくって、くたくたになって会社に戻り、体にムチうち、PCにかじりついて、よれよれになって家路について、またPC見て、気が失うかのように眠りについたと思えば、すぐ出勤。

北は北海道、南は福岡、日帰りは当たり前。

明日の朝には、会社にいたいから。

熱があろうが、手は動かせる的な。笑。

当時、くたくたの体でコンビニに寄ったときのわたしの姿を鏡で見たとき、手と顔に黒い炭的なもの(汚れ)がついていた自分の顔を見たとき、

笑いたいやつは笑えばいいんだ

わたしには登りつめたい山がある

って鏡見て思ったものでした。

そんなとき、どこかで聞いた店でこの曲が流れて号泣したのをたまに思い出します。

当時と今の自分、だいぶ変わりました。

当時のお客さまとの向き合い方も・・・・。

当時も決してトラブルお客さまはいなかったのですが、今の自分ならもっと安心感を持たせれたかもしれない。笑。

当時のお客さまもわたしの必死さわかって付き合ってくれたみたいな。笑。

ありがたい・・・・。

でも、今思うとちょっと恥かしい。

当時、わたしは肩書きをお客さまに伝えなかったのと、高田幸枝調査事務所がまだないので代表だというのは知らないお客さまが大半でした。

当時、お客さまによく言われたことが、

「高田さん、独立したら?応援するから」

「この会社は信用できるかよくわからんが、僕は高田さんを信用しているんだ」

「高田さんはこの会社にいるのはもったいない」

ちょっと心が微妙でした。笑。

こう思うと、当時も今も同じなことがわかりました。

わたしは、お客さまを通じて、お客さまに成長させてもらっている。

お客さまに見守られ助けてもらっている。

もっと、もっと、先を歩いていきたい、もっと、もっと、今の探偵業にこだわっていたい「たかだ探偵」でした。

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名古屋駅の解決探偵

名古屋駅の解決探偵

高田幸枝 takada yukie (1972年生 名古屋市出身) 株式会社LASコーポレーションの代表取締役 21歳の時より現在に至り探偵一筋 ただ探偵として調査を提供するだけでなく、浮気調査や離婚問題、家出・人探しでは、調査のみで終わることはなく解決までサポートにこだわる探偵として活動、解決に向けて取り組み多数の実績から全国からの高田の指名でお客様が相談に駆けつけてきます。 探偵ブログに関しては、探偵として人として女性として日々の思いを書いている。 企業理念「心笑の実現」 お客様、スタッフ、スタッフの家族、当探偵社に関わるすべての人たちの心が笑う実現に向けて活動します。