おはようございます。名古屋の探偵@高田幸枝でございます。

今朝、自分が書いていたブログを遡っておりました。

もうブログも5年になるのです。笑

懐かしいなと思いながら、昔の自分の一生懸命さが恥ずかしいような。苦笑

そんな中で、2012年、今から2年半ほど前に書いた記事、その後も本当に色々な事がありましたが、わたくし自身がこの頃から、ステージを変え、視界が変わってきた時のブログ記事を紹介したいと思います。

人はよく、女性がここまで経営しているの?バックにだれかいるのではないの?

パトロンがいるの?とかいろいろ言われますが、どうしてわたくしがここまでがんばっているのかが垣間見れるのかもしれません。

もっといろいろなことありましたが、なつかしかったのでよかったら読んでください。

「本当に涙した日・総集編」

~本当に涙した日・その①~

おつかれさまです。名古屋の探偵@高田幸枝でございます。

探偵歴19年、調査員になった頃もがむしゃらに仕事してきましたが、経営者として覚悟して想像以上の責任という、会社の責任だけでなく、お客さまの悩み解決の責任という・・・・

弱音なんか吐いている時間もなかった・・・。

経営者当初の3年は馬車馬のように走り回り、友人・知人らは去っていき、周りからは死ぬぞというくらい働き続けてきました。

睡眠時間3・4時間くらいなんてほぼ殆どで、当時は本当にいつ死んでもいいと思ったくらいわたくしの覚悟はできておりました。
本当のお話です。

興信部門はわたくしの専門職であったために、探偵部門の現場も学ぶために経営者になって数年は現場との二足の草鞋でした。

疲れた体にムチをうち、技術向上のために恥もなく頭を下げ、個人の探偵さんにお願いし、だから指導されるときは食い入るように学びました。

わたくしには、そう・・・・・登りつめたい山がある

そう覚悟したから。

そんな3年くらいが早々と過ぎていき、クタクタの体でコンビニにたどり着き、鏡越しにみた自分の顔には炭?土?みたいな汚れがついてました。

その時に店内で流れていた曲がこれ

栄光の架け橋

涙があふれだしました。

慌てて車に戻り、車内で号泣というか意味もなく涙がボタボタとそして声まででるほど・・・・

今に至り、いろいろなことがありました。

語りつくせないほどありました。

でも、どんな事があってもわたくしの決めた決意と覚悟のためにここまで来ました。

その軸は今となっても全然変わらない。

これからも・・・・。

~本当に涙した日・その②~

おつかれさまです。名古屋の探偵@高田幸枝でございます。

本日、3件目ですね。笑

ちょっと栄光の架け橋を久しぶりに聞き、昔を思い出しております。笑

わたくしは言葉で言えば、父親が長年、老舗の興信所・探偵業として看板を上げ後にわたくしが継承ということになります。
追加として後に独立となります。

根深い事情があり、父親の継承といっても当初は、95パーセント、放置状態でした。

継承してから一ヵ月後にはいきなり3000万円の契約書にサインしなければならなかった。

当時はそれを相談する人さえいなかった・・・・。

そしてハイエナのように、うまみを利用しようとわたくしに近づいてきました。

50万円の調査なら40万円で調査したる。

100万円の調査なら90万円で調査したる。

会社を任せてくれたら俺がなんとかしたる。

意味がわからなかった・・・・

でも、ふざけたこといってやがると思いました。

これがわたくしのハートに火がつきました。

とにかく会社を守らないといけない。

でも、この業界、うまみを利用してだまされないか、お客さまの選別も本当に必死でした。

でも、お客様には見栄をはらず、勉強させてくださいと正直に素直にいい、

5日間の調査も8日間やり3日間無料調査

DVのことも、インターネットや専門家に聞き、お客さまが段取りよく進めれるように手配したり。

こういうことはしょっちゅうでした。

今のように即答できることは当初はできませんでした。
同業者に頭下げて聞いても「たかださんの会社なら」、「どうして僕たちみたいな個人の探偵に聞くのですが?」なんて言われたりもしました。

そんな当初なので、困ったときにも父親は一切助けてくれませんでした。

だから、今のたのもしいわたくしがいるのだと思いますが・・・・当時としてはきつかったです。

でも、どうしても会社を守りたかった。

そんな憎しみあってもこの会社を守らないとという一身で。

継承したを機に、社員も解雇しなにもかも一新しました。会計士まで。

流れがごろっと変わりました。

カラーが変わりました。

お金の出所がわかる営業マンは目に見えて露骨に表します。

怖いと思いました。

無茶苦茶怖かった・・・・。

それでもだれにも相談できませんでした・・・・。

それから馬車馬のように走り出しました。

独自の調査、独自の調査レベル向上

これだけは外せませんでした。

道路でパンツ一丁になってでも、4日間以上車泊など、当時は調査にはいつくばって、仕事に食らいついてました。

結果・・・・がんばっただけ、経営としては結果が出ました。

でも、それだけでは終わりませんでした。

独立という選択。

3年目を迎えました。

なので、継承と起業を味わったわたくし。

まだ、結果論としては言葉にだせません。

でも、いい経験させてもらいました。ほんとうに色々ありました。

あのたかださんの娘と言われて、バックに父親が操っていると思いたい奴は思えと何度思ったか。

なにか自分に足りないのかと100件くらいの同業と掛け合って自分を照らし合わせました。

そこでわずかな同業と出会い今日に至る信頼関係。

いつかわかる・・・・わたくしは王道を歩くんだ

ここまで来た自分。

この4年、お客さまの気持ちはなにより一番考えました。

それがたかだサポート。

ここにきて、たかだサポートが根付いているのは本当にうれしいです。

そしてLASとしてのお客さまはみんな、そうみんながわたくしを応援してくれているのです。

その応援の声が大きくなっているのである意味、プレッシャー。笑

でも、素のわたくしであるためにこのまま突き進むしかない。

なんだろう、ここまできて・・・・やりきりたいんですよね。

お客さまにここまでこだわって、こういう探偵社がいるということを。

ブログにしてもそう。

伝えたい。変な探偵社にだまされないように少しでも一人でも正した探偵社への選択としてたどり着いてほしいって。

片意地はって娘が後継いで、娘は確かに調査は細かいしうるさい。

それが多分、真相です。笑

そしてバックに父親も関係ないのではないかと思っている状況かなと。笑

そんな感じが、今のわたくし。

結構本音いっちゃいました。笑

さようなら。

~本当に涙した日・その③~

おはようございます。名古屋の探偵@高田幸枝でございます。

まだ続きます。本当に涙した日。

経営者当初から4年間は、今思えばお客さま以外、すべての人間関係は、警戒から入りました。
経営者になって1年で体重もみるみると落ち、スーツもゆるゆるでした。

だから当時を知る人たちは今のわたくしを見て、こう言います。

「あの時のたかださんは、はれものにさわるような感じだった」

そうするしかなかったのです。

金の亡者ときつい冗談を言われたこともありました。
別にお金のために必死に仕事しているわけではまったくなかった。
ただ会社を守りたいという一身だけだった・・・・。
体調が悪かろうが、関係ない、熱があっても手は動くといった労働。

この人は信用できると自分が確信するまでは、自分の素を見せることはなかった。
たとえ笑顔でも、悪というのがちらつくとスパンとシャッターがおりました。
何回も言いますが、そうするしかなかったのです。

でも、素を見た人たちがいつもいう台詞は、

「たかださん、本当は普通の人なのですね。

 ずっと強いたかださんでいるのかと思いましたので安心しました。」

本当に当時のわたくしは、何度、笑顔の裏で警戒心たっぷりで人を寄せつかないオーラを出していたでしょう。

そんな中、今でこそ均等になりましたが、唯一、素直になれたのがお客さま方だったのかもしれません。

素直にお客さまたちが悩みを話し解決したいという気持ちに素直な気持ちで接することができた場所でありました。

だから今のわたくしとは、お客さま方に守られながら当時から今日に至っている。

それも年々、お客さま方と深い信頼関係が築けている。

4年目くらいから、わたくしの心に変化がではじめました。

そこで出会ったのが、今の勉強会でありました。

そこで衝撃が走りました。

今まで威嚇・警戒(お客さま以外)をしてきたことにおいて間違っていたとまではいかないですが、守っていたからこそしてしまったこの方向がずれていたのではないか。

簡単には素は見せるつもりはない

必要以上は語らない

人がどう思われようがわたくしは貫く

こんなスタイルで走り続けたわたくしに何かが動き出しました。

ふと遠目で自分自身を見つめた時に思い出し、気づかせてくれたのが今までのお客さまたちでした。

こんなにたくさんのお客さまたちが、

たかださん、たかださん!

と親しくしていただいて、頼ってきてくれて、全信頼をしていただいている。
そして応援までしてくださる。

それは、わたくし自身がお客さまと親身になり素をさらけ出していることに気づいたのです。

今までのプロセスから殻をやぶるのには何回か必要にはなっていきますが、この気づきを自分の価値にしたいことは間違いなく、これから歩き続けていこうと思っております。

今までわたくしは正を正したいばかりで、わたくしという威嚇・警戒ということから多くの人たちを傷つけてしまったと思います。

会社のためなら、お客さまのためなら、警察の方々にも何度、くらいついたことでしょう。笑

改めて、申し訳なかったと思っております。

長文になり大変申し訳ございません。

本日もよろしくお願いいたします。

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名古屋の解決探偵

高田幸枝 takada yukie (1972年生 名古屋市出身) 株式会社LASコーポレーションの代表取締役 21歳の時より現在に至り探偵一筋 浮気調査や離婚問題、家出・人探しでは、調査のみで終わることはなく解決までサポートにこだわる探偵として活動している。 探偵ブログに関しては、探偵として人として女性として日々の思いを書いていこうと思っております。 企業理念「心笑の実現」 お客様、スタッフ、スタッフの家族、当探偵社に関わるすべての人たちの心が笑う実現に向けて活動します。